非大阪人のための大阪の歩き方


98.03.09〜03.11扇町ミュージアムスクエア
Dr.Donald Doneinstein






皆さんご苦労様です。九州出身、関西に20年。大阪に住んで一年足らずのドナインシタイン博士です。きょうは「大阪の歩き方」それも「非大阪人が、大阪で快適に、安全に過ごすにはどうしたらいいか」これを皆さんと一緒に考えてみたいと思います。ここでいう非大阪人とは、主に関西以外で生まれ育った人をさすと思ってください。といいますのは、大阪人を定義する場合に、イコール大阪府民とするのはもちろんまちがっている、私大阪府民ですが、まだまだ大阪人にはなれません。それよりは、兵庫県民でも尼崎に住んでいる人の方がよっぽど大阪人といえるでしょう。同じ06ですしね。そうなるとどこに境目を持ってくるか。これは難しい。仕方ないので、「ちょっとした買い物で大阪に出ていける範囲に住んでいる人」ぐらいの定義しかできないでしょう。そういう意味でここではほぼ、大阪人イコール関西人とさせていただきたいと思います。まあ、京都や神戸の人は「大阪人呼ばわりしないでくれ」と怒るかもしれませんが、先にあやまっておきましょう。「すみません!」したがって、非大阪人というのも、非関西人くらいの意味だと思ってください。

大阪という場所は我々非大阪人が暮らすには障壁の多い場所です。しかし誰でも身につけることのできるいくつかノウハウがあれば、恐るるに足りません。勇気を持って障壁をひとつひとつクリアして、一日も早く立派な大阪人になってください。

初級編

関西弁

 ではさっそく、我々が最初につまづく障壁、大阪弁について考えてみたいと思います。最初にことわっておきますが、私、大阪弁と京都弁の違いなど、関西弁の中の細かいニュアンスの違いは、わかりません。そのかわり、関西の外からやって来て、関西で暮らし始めたときのとまどいは皆さんと同じく多少なりとも経験があります。きょうは、そのなかでも、誰もが経験する代表的な例を検証してみたいと思います。 関西以外の土地に生まれ育ち、大阪弁といえばテレビでタレントがしゃべるのしか聞いたことがない方は、実際に大阪に来て大阪の人と交流を深めるうちに困ったことに出くわします。それが困ったことだと気づけばまだいいのですが、本人も周りの人もいっこうに誤解があることに気づかないということが多々あります。それは主に言葉の意味の違いに起因するところが大きいようです。たとえばこういったことです。(紙めくる)協力してくださるのは、アメリカの世紀末学会からスカット・シタイナー博士と、同じくフランスから、ジャン・アレ・コレ・ソレイユ博士です。

なおす

A ちょっ、これなおしといて(時計を渡し、去る)
B え?はい(不思議そうにドライバーを出す)
A (出てきて)あーっ!
B え?
A え?
   (見つめ合う二人)


「なおす」という言葉。これは辞書に載っている意味は「治療する・訂正する・修理する」そして「翻訳する・換算する」。これしかないんですが、なんと関西では「片づける」「しまう」という意味があるんです。

A 僕は単に時計をしまっておいてほしかっただけなんです
B 僕は、素人に時計を修理させるなんて、大阪の人はアットホームだなあと思いました
   (二人去る)

「アットホーム」の使い方がおかしかったようですが気にしないでください。ちなみにこの「なおす」は大阪以外でも西日本で全般的に使われています。東日本の人は、九州などに行くときも気をつけてください。それから・・・

ほっといて

A ちょっ、これほっといて(ゴミを渡し、去る)
B え?はい(不思議そうにその場に置く)
A (出てきて)え?
B え?
A え?

なんと関西では「ほっといて」というのは放置するのではなく「ゴミだから捨てておいてくれ」という意味なんです。

A 言われたとおりにしたのに
B あほちゃう

つづいてはこういうのもあります。

えらい

A あー、えら。えらいわ。
B いやあ。(照れる)
A あほちゃう

はい。それから

毛・自分

A じぶん毛、ついてんで。
B (Aの体を一生懸命探す)
(A、Bをどつき、二人退場)

ありがとうございました。はい。「えらい」は相手を誉め称える言葉ではなく、自分が「疲れた」ことを表しています。そして「毛」。「けえ」と発音しますが。我々は毛というと体の毛を指しますが、「けえ」は「髪の毛」のことなんですね。そして自分のことではなく、相手をさすのに「自分」というんですね。驚きましたね。しかし驚いてばかりもいられません。大阪人と円滑なコミュニケーションをはかろうとすれば、これを理解し、そしてゆくゆくは自分でも使いこなせるようにならなければいけません。

ちなみに今の「毛え」のようにですね、大阪弁ではひと文字の単語をのばして発音します。アクセントごとに分類してみました。はいわたしの後につづいてリピートして下さい。平板から、「胃」「血」「麩」「間」「身」・・・。上がります。「絵」「木」「手」「火」「屁」「目」・・・。下がる。「毛」「背」「歯」。はいつづけて読んでみましょう「いーちーふーまーみー。えーきーてーひーへーめー。けーせーはー」・・・日本語とは思えませんね。ほとんど中国語です。

相手との距離

また、今のよりももっと微妙な例として、言葉もいみもほとんど一緒なのにニュアンスだけ少し違うというものもたくさんあります。今の相手を指す言葉でいいますと、「君」。これも標準語の「君」とはニュアンスが違いますね。相手との距離が違います。標準語で女の子に「君」と言うときは

B 「君が好きだ」

とか。

B 「君、これ頼むよ」

とか。あらたまってます。結構距離があります。心はもう2メートル以上離れてるかんじですね。これが大阪弁で「君」という時は、

A 「君アホか」
  「君とこのおかんぶっさいくやな」

50センチ以下ですね。とくに東京と比べた場合、大阪の方が一般的に人との距離は小さいです。これは、初対面の人に対する態度でわかります。東京の人は道を尋ねる場合、

B 「すみません、駅はどっちでしょうか」

という感じですが、大阪の人はいきなり聞きます。

A 「駅どっちや」

いやもっと丁寧な人もいますが、その場合も

A 「兄ちゃん、駅どっちや」

これは丁寧なんじゃなくてよけいなれなれしくなっているともいえます。それにしてもこの「兄ちゃん」これはすごい言葉ですね。ほかではちょっとないんじゃないでしょうか見ず知らずの大の大人をつかまえて「兄ちゃん」呼ばわりするというのは。

(二人を返す)はい、ありがとうございました。

関西弁の問題は他にもたくさんありますが、きりがありませんのでこれくらいにしておきましょう。

食い倒れ

つづいて食生活です。大阪に限らず、その土地で生きて行くには食べ物になじむのが不可欠なわけですが、大阪の食べものといいますとやはりうどん・たこ焼き・お好み焼きと、この三つに代表されます。なんで粉ものばかりなのか、これは大きな謎なんですが、いろいろ説はあります。正しい答えを知っているという方がいたら、ぜひレポート用紙に書いて提出してください。明日発表させていただきます。

さて、この三つの食べ物の中でも他府県の常識ともっともかけ離れているのはたこ焼きでしょう。大阪の家庭では一家に一台必ずたこ焼き機があるという話は有名です。初めて聞いたときは、誰でも耳を疑います。何をバカないくらなんでもと思うんですが、はい、この中で家にたこ焼き機がある人。はい正直に。恥ずかしいことでも何でもないです。今日は大阪人狩りじゃなくて、大阪人を見習おうという、晴れがましい場ですから。これだけいるんですね。たこ焼き機といっても鉄板にポコポコ丸い穴があいているのをコンロにのせて使う奴が一般的ですが、バーナー内臓のが家にあると友達に自慢できるようです。いずれにしろ他府県の常識と違うのは、たこ焼きが晩御飯になるという点ですね。大阪以外ではたこ焼きといえばおやつなんですが、大阪では一家の夕食で、鍋を囲むようにたこ焼き機を囲んでいるわけです。ちなみにこのたこ焼き機、どこにでも売っています。なんばの道具屋筋はもちろん、デパートで売っています!大阪ではデパートでたこ焼き機を売っているらしいという噂も、本当です。三越・高島屋・大丸・阪急・そごう、どこにでもあります。たこ焼き機を買って、家でたこ焼きパーティをする。我々他府県人もこれくらいなら明日にでも実行できますから、儀式だと思って、ぜひ済ませて置いていただきたいと思います。

いらち

そして大阪人はいらち。これは非常によく耳にする言葉です。「いらち」という言葉の語源はさだかではありませんが、まあ、「いらいら」という言葉との結びつきは容易に想像できます。実際誰が測定したのか知りませんが、大阪人の歩くスピードは秒速1・6メートルで世界一なんだそうです。確かに私も、デパートのエスカレーターで歩く人を初めてみたときは驚きました。駅ならともかくですね、デパートでエスカレーターを歩くというのはよっぽどせっぱ詰まった買い物があるんだなと。なんか急いで買わなきゃ命に関わるようなものがデパートに置いてあるんだろうかと思ってしまいました。まあ、そんなことを言いながら、関西に20年いるあいだに私も・デパートのエスカレーターを歩けるようになりました。皆さんもやればできます!精進してください。普段から足腰を鍛えてね。デパートの一階から屋上までぐらいは平気で歩けるようにならないといけません。といいますのもですね、エスカレーターで歩かない人は普通右側に立ってますね。これは東京は左側ですけども、大阪は、右に立ち止まり、左を歩きます。エスカレーターを途中まで歩いたのはいいんですが疲れてしまって休もうとします。すると、そういうときに限って立ち止まっている人が右側にズラーッと、どこまでも並んでいることがあります。するとさらに、そういうときに限ってうしろから急いでるおばさんがずんずんずんずん来るわけです。これは恐いですね。こっちは休みたいのに、許して貰えないわけです。そういう時のために、足腰だけは鍛えて、誰よりも早く歩けるように、日夜精進を重ねていただきたいと思います。

ところで、大阪人全員がいらちかというとそうでもありません。まず第一にこの言葉自体が矛盾しています。大阪人がみんながみんないらちならば、いや少なくともいらちの人の方が大阪ではノーマルというのであれば、なぜ「いらち」という大阪弁が存在するのか。逆にのろまな奴のことを、普通じゃないといってなじる言葉があってもいいのにそれがない。ならばむしろ大阪人はのんびりした性格なのではないか。確かに私の知る限り、大阪人はのんびりした人が多いです。せかせかした性格の人は少ない。

ではなぜ大阪人はいらちだといわれるようになったのか。これは今とりあげた、エスカレーターで人が止まってるのに歩く。それに、横断歩道の信号待ちにあと何秒とか書いてあるからそう言われるんじゃないでしょうか。確かにそういう時は急いでいますし、映像的にも取り上げやすいのでテレビなどのネタになることが多いんですが、同じくらいのんびりしているときはのんびりしている。人が急いでいるときも、動いてくれなかったりする。エスカレーターで腕くんで立ち止まってるカップル!動く歩道で立ち話しているおばさん!あれも同じ大阪人なんです。ようするにマイペースなんですね。



さてここまでは初級編です。大阪に1年も暮らせば誰でも身に付く常識にふれてみました。ここから上級編へ進みたいんですが、その前にまず、このVTRをご覧いただきたいと思います。

VTR上映(約10分)


(我々が抱く「大阪像」「大阪人像」がいかに一部の人によってつくられたものであったかを証明する証言VTR。提供してくれたのは私が懇意にしている現役のTVディレクターである。業界の内幕をバラす内容なので、もちろん匿名。彼の勇気に拍手を送りたい。内容は以下の通り)
TVでよくある大阪人もの。しかしその実態は我々が目にするものとは大きく違っていた。例えば「あなたはお好み焼きをオカズにごはんを食べますか」という最も大阪らしい問いに対して10人中10人が「はい」と答えている。画面ではその様子がテンポよく映し出される。いかにもTVのバラエティ番組で見たような。しかし顔をかくして登場するTVディレクターの驚くべき証言。彼はまず「編集前のインタビュー」を見せてくれる。第一に先ほど「はい」と答えた人以外にも「いいえ」「そんなことせえへんわ」「きっしょい」など、完全に否定的な答えがいくらでもある。それらはすべて編集でカットされていた。さらに驚くべき事には「違う質問に対する答え」までが流用されていた。例えば「それならお昼にお好み焼きだけなら食べますか」という問いに対する「はい」「もちろん」が、最初の10人の「イエス」に含まれていたのだ。ディレクター氏は、「この手法を用いれば、大阪人全員が結婚式ではウェディングケーキの代わりにお好み焼きをカットするだの、元旦には必ず通天閣にお参りするだの、そんな操作は朝飯前」だと胸を張る。さらに彼は「悪いことをしているという意識はないではないが、局からの依頼でやむなくやっているだけなのだ」という。

VTRが終わって

いかがでしたか。つくられた大阪人像。そうです。大阪人にもいろいろいるんです。コテコテの人もいればそうでない人もいる。それをテレビはコテコテに見せようコテコテに見せようとする。しかし、テレビを攻撃しても始まりません。テレビは私たちの鏡ですから。私たちが見たがるものを見せているにすぎません。そしてさきほどのディレクターは、私にもうひとつ証言してくれてました。大阪人は、大阪人を演じようとすると。カメラが向いたとたんに、普段たいしてコテコテでもない人間が「でっせ」口調、「おまんねやわ」口調でしゃべり出すというのです。確かにそういうひとは います。東京に行くと必要以上に大阪弁丸出しになる人。いますね。ということはコテコテの大阪人像をつくりだしているのは大阪人自身なんじゃないでしょうか。しかし、関西に住む他府県人の中にも、東京に行くとろくにしゃべれもしない関西弁でベラベラしゃべる人がいます。ひどい話ですが、私もやったことあります。大阪人の虚像は内外の人の手によってつくられているようです。



では、作られたニセの大阪に気をつけて「大阪の歩き方」上級編に行ってみましょう。

上級編